HOME   »   スポンサー広告  »  スポンサーサイト情報:中国  »  共産党から離れていく中国メディアの行く末
RSSフィード iGoogleに追加 MyYahooに追加
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
「いまの中国の特徴は、国(権力)がどんどん小さくなって、
国民がだんだん大きくなっているということだ」

2011年9月26日から2日間の日程で開催された、
第六回日中ジャーナリスト会議の席上、
討論を総括した中国側代表の一人は
中国の“いま”をこんな言葉で位置付けた。

言外には、
共産党政権のガバナンスの限界を語ったのではないかと思われたが、
こんな率直で正確な分析が
中国側の代表から聞けたことに軽い興奮を覚えた。


<変化する中国側の発言の背景>

この会議は、2000年代の半ばに中国で反日ムードが燃え盛り、
日本人の対中感情が大いに損なわれたことを受け、
「日中の対話の場を」という目的で生み出された。

2007年にスタートし、およそ半年に1度のペースで開催され、
今回が6回目だ。

私は第3回から参加し、今回が4回目となったが、
驚かされるのは中国側の発言の変化
(中国側は日本の変化が大きいと指摘したが)である。
それは彼らの背後にある社会が、
凄まじい勢いで新陳代謝をしていることをうかがわせた。

事実、冒頭に引用した発言は、私がこの会議に参加した当初から
「共産党のガバナンスの緩みと民意の台頭」という主旨で
指摘したことだったが、当時の中国側の代表の一人は、
「外国人に心配してもらわなくても共産党はしっかりしている」と、
けんもほろろとばかりに一蹴されたのを記憶している。

これは中国社会が変わったのか、記者を取り巻く環境が変わったのか、
それとも複合要因なのか。
いずれにしても中国側の代表はみな例外なく、
「民意の影響力」を非常に強く意識していたのが今回の特徴だった。


<「近似」する日中のメディア体質>

変化という意味では、今回の会議で初めて頻出したキーワードもあった。
それはジャーナリズムを語る上で
中国側代表が盛んに口にした「商業化」という言葉である。

象徴的だったのは、
今後この会議をどうしてゆくべきかというテーマを話し合うなか、
大きな焦点となった「クローズドの討論会という、
従来の形式を改めて内容をオープンにするか否か」という問いに対して、
中国側の一人の行った発言だった。
その人物は、非公開であるべきだとの立場を示した後、
その理由をこのように語ったのだ。

「オープンにしてしまえば商業化の影響は避け難い。
それぞれの媒体はそれぞれ読者や視聴者を抱えている。
だから公開となればそうした読者・視聴者を
意識した発言にならざるを得ない。
そうなれば、この話し合いは
ただの討論ショーになってしまうだろう」

つまり、読者・視聴者を意識した発言と
自分自身が感じていることに齟齬があり、
「商業化」に応えるためには
それが日常的にも調整されていることを間接的に認めているのだ。

日本ではとかく共産党権力による言論統制が話題だが、
「商業化」という影響力がもはやそれ以上に
彼らの意識の中に根付いていることを感じさせられた。

このことは中国のメディアが
共産党権力から大衆という権力の下に
移行し始めたことを意味しているのかもしれない。


<「個人の責任として原発取材を行いたい」>

この中国側代表が使った「商業化」という言葉を
「市場」に置き変えれば、
日本のジャーナリズムが置かれている環境と
何も変わらないことに気づかされた。

討論の中では、
また両国のメディアが似通った特徴になりつつあると思われる、
やり取りも少なくなかった。
例えば、「3・11」東日本大震災をテーマに話し合ったときだ。
中国側の代表の一人は、未曾有の災害を前に一人の部下が、
「会社に一筆入れ、個人の責任として原発取材を行いたい」と
申し出たエピソードを披露したのだ。

日本側からは、
「そこまですれば良いっていう話じゃないのでは?」
といったつぶやきが漏れていたが、
違和感を覚えたのは程度の点で「やり過ぎ」と感じた部分であって、
決して根本の動機に対するものではなかったはずだ。

実際、雑誌には
政府の避難指示を無視したレポートがいくつも掲載されている。
それは市場を巡る競争のなかで
差別化を意識して行き着いた行動といえるだろう。
少なくとも親方「五星紅旗」で身分が保障され、
突出した行動をしても決して評価されない時代の発想ではない。

その意味では記者のインセンティブにも
明らかな“近似”が意識された。


<日中関係好転に結び付くとは限らない>

ただ、問題は日中のメディアの体質が接近しているからといって、
それが日中関係の好転と結び付くとは限らないと思われることだ。

というのも、日中のジャーナリストのインセンティブの近似は、
互いの論調が政治判断ではなく、
社会の“空気”により重きが置かれることが懸念されるからだ。
これは先に引用した中国側代表の表現を借りれば、
記者が“ショー”を前面に出した記事を
書かさざるを得ない状況を意味している。

会議では日中メディアの危機管理として
「記者の理性」や「客観的な報道」、
「事実の追求」といった意見が日本側から出されたが、
熱狂する大衆が正面から向き合う時代を迎えようとするなかで、
こんな耳ざわりの良いだけの言葉がどこまで通用するのだろうか。

対する中国側代表のほとんどは、
荒ぶる民意の台頭(とくにネット上において)に対し、
強い警戒感を示していたことが印象に残った。


http://wedge.ismedia.jp/articles/-/1517


関連記事
NEXT Entry
ウクライナ前首相裁判 東西から圧力 大統領の誤算
NEW Topics
太子党内に党派党争あり
イラン金融機関を国際送金ネットワークから排除へ
中国ジニ係数、0・5を超えて最悪
ベトナム、中国に反撃 南沙諸島の寺院修復、僧侶派遣へ 警備艇も配備
宇宙のインフラ輸出推進 JAXAと連携、衛星売り込み
温家宝首相の最後の会見は爆弾だらけ
対米サイバー攻撃は「中国軍の主力作戦」 米議会報告
核兵器開発を巡って米朝が不可解な合意 北朝鮮の狙いは本当に食糧獲得だけなのか?
米軍後ろ盾、資源開発 フィリピン、強気の南シナ海 中国反発、高まる緊張
NASAネット侵入13件 機密情報の閲覧可能状態、アドレスは中国
RSS:最新ニュース&論評
プロフィール
全記事表示リンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR

Page Top
CALENDaR 12345678910111213141516171819202122232425262728293031
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。